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テーマ:「六爻占術2006.01」 |
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書き込み期間:2006/01/09〜2006/01/22 |
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要旨:
ある日トラさんに悟りの状態について尋ねると、「腹が減ったら飯を食い、眠くなったら寝るということ」といった返事が返ってきました。
それでは動物と同じではないかと言う人がいるかも知れません。人間は意識で欲望をコントロールすべきだと言われます。
しかし、本当にそうでしょうか・・・。
チベットではこんな事がありました。ランクルが故障して、修理が終わるのを待つばかりの状況に陥りました。そこへお馬の親子が目の前を通り過ぎていき、トラさんは一言「お馬さんは暗くなれば家に帰るのです・・」と呟きました。
私は待つしかない状況の中で、「運命は決まっている」ということが初めて腑に落ちたのでした。
次は、トラさんが依頼者の息子の病気占いをしていたときの話です。
卦から判断する限り、「お子さんは助かりません」と母親に告げなければなりませんでした。しかしトラさんはなかなか言い出せませんでした。そのとき突然雷雨が来て、「意外な方法でお子さんは助かる」と判断を下しました。
以上の話は、全て繋がっているのです。
私達は意識でもって外側の自然を操作することで、運命を変えようとしています。
ですがトラさんは、「運命を変更してやろう」という気負いを持たず、淡々と卦を見ます。その時、自然とも同化しています。だからこそ、外側で起きた雨の音に気付いて判断に取り入れることが出来るのです。
運命変更がうまくいくケースでは、判断が向こうからやって来るように感じられることが多いです。そして卦を判断しながら「これはいける」という確信を得るのは、パズルのピースがはまったと感じた時です。
時空が問いに答えるときは、パズル解きのピースの様な形で来ます。そのピースは六爻占術の卦の中だけでなく、この世界のあらゆる所に潜んでいます。人生を開くためには、いかに周囲に潜んでいるピースを見つけてパズルを解くかにかかっていると言っても良いです。「腹が減ったら飯を食う」「お馬さんは暗くなれば家に帰るのです」・・・などのフレーズは、そこへ至る境地に通じているのだと思います。
運命変更の事例を通じて、大きな気付きがいくつかありました。
その一つは、変更前の運命と変更後の運命は、どちらも完全で美しいということです。
つまり、より素晴らしい世界を作るために運命変更があるわけではないのです。
もう一つ、私のこれまでの根本思想を揺るがした大きな気付きは、「結果が原因を変える」ということです。これは、親戚のお婿さん側に原因があると診断された不妊を、お嫁さん側の出した卦を元に改善した事例から分かったことでした。
よく考えてみれば、最終的な原因を突き止めることは、果たして可能なのでしょうか。どこまで辿っても、結果が連鎖しているに過ぎないのです。
あらゆる事が原因であり結果であると言えるなら、一つの原因を探し出そうとするのは意味の無いことではないでしょうか。そして結果そのものを変えれば、原因だと思われた部分も自動的に変わるのです。
私達は原因探しを諦めて、あらゆるものを認めていくしか為す術はないのです。しかしその先には、未来が開けるかも知れません。
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○ 腹が減ったら飯を食う
○ 「お馬さんは暗くなれば家に帰るのです」
○ 鳥の鳴き声が聞こえたか?
○ 発動と静爻
○ 「これはいける」
○ パズルのピースがはまる
○ 人生を開くには、パズル解きの技術を上げるだけ
○ 運命改善は、何のため?
○ 結果が原因を変える
○ 原因探しは、やめましょう(笑) |
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腹が減ったら飯を食う
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私はとてもやることが多いです(笑)。この矛盾は、何なのだ〜?
実はこの話題は、トラさんともしたことがあります。
「トラさんにとって、悟りのような状態を教えて下さい。」
「それは腹が減ったら飯を食い、眠くなったら寝るということだと思います。」
と言いました。また次のように付け加えました。
「ある師匠が、私は悟ったと言い、そのまま女を買いに街に出ていきました。それを聞いた弟子が、悟ったのになぜそんなことをするのですか?ちっとも悟っているとは思えませんと言いました。しかし師匠は女が欲しくなったから買いに行っただけなのです。」
腹が減ったら飯を食い、眠くなったら寝て、女が欲しくなったら買いに行く・・この人にとって「やること」はあるのでしょうか?私は無いと思います。
これでは動物と同じじゃん・・と反論する人は多いはずです。
人間は意識を持っているのだから、それでコントロールして生きるべきだと・・。
欲望のままに生きれば、何の成長も無い・・と。
しかしそれで何か、まずいでしょうか?
短い書き込みですが、問いが強烈なので(笑)、今日はこれまで・・。
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「お馬さんは暗くなれば家に帰るのです」
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トラさん名言集の続きです。
チベットで私達の車は立ち往生していました。ランドクルーザーが故障して、いつ次の村に辿り着けるかわかりません。既に日は落ち、暗くなりかけています。このままでいけば、たぶん着くのは深夜になってしまうでしょう。
チベットでは約一ヶ月にわたりトラさんが隣の席にいました。そして初めて六爻占術の話をまともに聞きました。
運命は決まっているかも知れない・・いや、そんなはずはない・・私の心は揺れていました。その時です、ランクルが故障したのは・・。
30分ほど経過したとき、私達の車に前をお馬の親子が通り過ぎていきました。彼らは私達を横目で見て行きました(笑)。私のイライラは頂点に達しようとしていました。
「あの馬ども、我々をバカにている・・。」(笑)
そう思った時です。トラさんがボソッと言いました。
「お馬さんは暗くなれば家に帰るのです・・。」
な・・何を呑気なことを言っているのでしょうか。
話は飛びますが、今回の中国冬紀行で、私はトラさんに訊きました。
「六爻占術を始める前から運命は決まっていると思っていましたか?」
「はい・・。」
「う・・。」
話をチベットに戻します。
運転手はメカに強くて、いつかはランクルを直せるでしょう。しかし私達は何もやることはありません。ただ、ただ、待つだけです。
「だと」すれば・・。「だと」しなくても、運命は決まっているのです。
お馬さんはトコトコ歩いて、小さくなりました。
そうか、そうなんだ・・。何が?(続く)
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鳥の鳴き声が聞こえたか?
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「腹が減ったら飯を食う」、「死ぬために生きている」、「お馬さんは暗くなれば家に帰るのです・・」というフレーズは、どちらかと言えば動物的です。運命を認め、諦めて生きろと言っているようなものです。
しかしトラさんはそれだけで生きているでしょうか・・。
昏睡状態の息子の病気を占うために、母親が来ました。母親が振った卦は絶望的でした。
トラさんは、もともと悲しそうなお母さんを見て、「お子さんは助かりません」となかなか言い出せませんでした。そこに突然雷雨が来ました。
お子さんの用神の五行は木でした。水は木を生じます。
トラさんはすぐに言いました。「意外なことがあって、お子さんは助かります。」
(このシーン、私は涙が出ます。)
ここに至る境地と「腹が減ったら飯を食う」、「死ぬために生きている」、「お馬さんは暗くなれば家に帰るのです・・」というフレーズは、一致すると思います。
宮本武蔵の「鳥の鳴き声が聞こえたか?」という話ともリンクします。
私達は自然の外側にいると思っています。意識があるからです。自然の外側から操作して、運命を変えようとしています。しかしその変え方は、うまくいかないケースの方が多いです。
なぜなら、外側にいる人には雨の音や鳥の声は聞こえず、ましてや株価のためにバッタは飛んできません。
バッタが飛んできたのは、トラさんの方がバッタ化していたからではないでしょうか(笑)。
トラさんが判断している時、「運命を変更してやろう」などという気負いは無いのです。
淡々と卦を見ています。卦を通じて自然界とも同化しています。そして判断は向こうからやって来ます。だから間違った卦からでも、正しい判断が出てしまいます。
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発動と静爻
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昏睡状態の子供を占った卦は、静爻でした。
用神は月日からの生はなく、原神は水の五行ですが、月に剋されて、日は水の絶の地で用神を生じる力がありませんでした。絶望的でした。
そこに突然雷雨が来て、お子さんが助かると判断します。非常に的確です。
さて、雷雨が判断をひっくり返したのは、雷雨が「発動」にあたるからではないでしょうか・・。ということは、外応は全て「発動」に当たる可能性があります。
卦の中で忌神が一つだけ発動しているとき原神が発動すれば、連続相生して吉凶が逆転します。とすれば、外応はとても重要になります。
しかし・・です。あなた自身が発動してしまっていれば、どうでしょうか?(笑)
普通、人間は発動状態です。株が上がるかを判断している時、欲が全開で発動状態です(笑)。
しかしトラさんは、発動していたでしょうか?トラさんが「静か」だったからこそ、外の雨を判断に取り入れることが出来たのではないでしょうか・・。
願望を実現しようと思っている人は、人生全体を発動状態にしたいのだと思います。精神性のレベルアップを考えている人も、同じだと思います。カルマの解消を考えている人も、同じだと思います。
発動とは、一つの爻がエネルギー持ち、卦全体を目的化することだからです。
卦の中で発動爻があれば、他の爻は無意味になります。360度の視点は、それで閉じます。そして鳥の声が聞こえなくなります。
さらに、人間が発動しているから運命通りなのかも知れません。
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「これはいける」
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盲師派推命占術と六爻占術に組み合わせで、運命変更が確認できた事項があります。それは私の親戚の夫婦に、生まれるはずのない子供が誕生したことです。
コインを振った卦を見た時、親戚の前で私は呟きました。「これはいける・・・」
「えっ、いけるの?」親戚がビックリして問い直しました。
だからその三ヶ月後に妊娠したと聞いたとき、当然の事が起こったと思いました。親戚が「妊娠したよ!!昨日は羊のストラップの前で、両手を合わせたよ」と言った時も私は「あはは・・」と笑っただけでした。
「これはいける」・・私はこう呟くシーンが多いです。
トラさんの場合も同様だと思います。突然の雨の時、トラさんはかなりの確信を持って「お子さんは助かります」と答えたはずです。
コインを振る時「場を外さない」ということは大切です。しかし同様な事は、判断する時もあるのではないかと思います。
「場」の中にあるとき、判断は「ひねり出す」ものではなく、向こうから降ってくる感覚があります。場の中そのものにいるということは、「お馬さんは暗くなれば家に帰るのです」と共通点があると思うのです。
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パズルのピースがはまる
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昨日は、卦を判断しているとき「これはいける」と呟いたことを書きました。
でもこれはちゃんと理由があります(笑)。パズルのピースがカチッと入ったからです。
親戚の娘さんがコインを振った卦は、原神が空亡で、しかも退神していました。発動爻はそれしかないので、そのまま判断すれば「子供はできません」となります。
しかし「空亡」と「退陣」を解消できれば単に「原神の独発」となり、吉に転換できます。それが未(ひつじ)一個で出来ました。
運命変更に関して、トラさんは言います。
「生剋関係だけでの運命変更は難しいです。しかし相冲とか相合でキメればイケます。」
おそらく時空はデジタル的なのだと思います。しかし生剋はアナログ的です。相冲や相合はデジタル的です。
デジタル的にビシッと決まったとき、時空としては二言もないはずです。「勝負あり」・・のはずです。
トラさんは運命変更を考えているとき、二日も経ってから閃くときがあると言います。
時空はまるでパズルです。羊の携帯ストラップは、まさにパズルがはまったのです。
パズルがはまったから私は言ったのです。「これはいける」・・・と。
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人生を開くには、パズル解きの技術を上げるだけ
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昨夜は羊のストラップでパズルを埋めた話をしました。今夜は、「突然の雷雨」です。
昏睡状態の子供を占った卦の判断は「もう助からない」でした。トラさんはその卦を見ながら、判断の結果を言い出すのをためらっていました。その時、外で雷雨が始まりました。それを見たトラさんは「お子さんは意外に助かります」と伝えます。
このときの雷雨は、パズルのピースに当たるのではないでしょうか・・。パズルのピースがスッポリとはまった瞬間、生死が逆転したのです。
お子さんは「死ぬべき運命」から「生きる人生」にひっくり返りました。
もしもこれが正しいとすれば、「パズルのピース」は卦の中だけに存在するのではなく、この世界のあらゆる所に潜んでいることになります。
問いをすれば、時空は答えてくれます。しかしその答えは、パズル解きのピースで来るとさえ言えます。
時空はもしかすると、推理小説がとても好きなかも知れません。
人生を開くためには、お祈りをしても、願望を強く持っても無駄なのです。カルマを消そうしても、もっと無駄です(笑)。
人生を開くためには、パズル解きの技術を上げるだけなのです(笑)。
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運命改善は、何のため?
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羊のピースがすっぽりとはまりました。しかしそこは、空きのスペースだったでしょうか?
そんなことはありません。「子供ができない」というピースがきっちりと入っていました。時空のピースは、空いた所に入るのではないのです。
さて、ここからが今日の書き込みのメインな部分です。
「子供ができない」という状態と、「子供ができる」という状態は、どちらが美しいでしょうか?
私は最初に「子供ができない」という卦を見たとき「おお、良くできている」と思いました。原神が独発して退神すれば、誰だって「子供はできない」と判断されるからです。
それは盲師派推命占術にも出ていました。まさに運命そのものの卦でした。
次に私が羊で改善した状態はどうでしょうか?それだってもちろん美しいです。
私は何が言いたいのでしょうか・・。
それは、時空は運命を改善させることで、「より素晴らしい世界」に向かっているわけではないということです。もしもそういうことなら、予定調和の世界です。
それはアセンションを唱えている人と、大差はないと思います。
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結果が原因を変える
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親戚に子供ができないのは、お嫁さんの側ではなく、お婿さんの側の問題でした。
コインは二人に振ってもらいました。
お嫁さんの側の卦では「羊の携帯ストラップ」で、ピースは完璧にはまりました。しかしお婿さんの卦では、羊がキーではありませんでした。
私は迷いました。原因に近い側なら、お婿さんの卦を改善すべきです。
で・・ここはトラさんの出番でした。
トラさんは「羊で改善した方が良い」と言ってきました。最終的に結果を出すのはお嫁さんの側だからです。
ここで私の根本思想が、ぐらぐらと変わりました(笑)。
だって今までは「原因の世界を変えれば、結果の世界は変わる」と言ってきたからです。
原因の世界を探るのが私のそれまでの旅でした。そういう本も出しました(『「私は結果」原因の世界への旅』)
しかしよく考えてみれば、原因の世界を辿ることは出来るのでしょうか?
例えば誰かさんの金運が悪かったとします。それは会社が不景気だからです。
会社がなぜ不景気かと言えば、社長が精神世界にはまり、そういうセミナーにばかり出ているからです(笑)。
そういうセミナーにばかり出るのは、そういうセミナーが各所で開かれているからです。
そしてそういうセミナーで、変な事を教えているからです(笑)。
その会社の社員である彼が金運を良くしようと思ったとき、何をすれば良いでしょうか?セミナーの体質を改善させるために、大ボスの所に行くでしょうか?(笑)
原因は、分からないのではないと思います。それはネットワークの理論から言えば、とても納得できます。
先ほども書いたように、『私は結果』という本では「原因を変えれば結果は自動的に変わる」と言ってきました。これは精神世界を引っ張っていく大ボス達に共感を与えました(笑)。
しかし・・全く逆だったのです。
結果であるべきお嫁さんが携帯ストラップを持つことで、原因であるべきお婿さんの不具合は治ってしまったのです。
つまり・・結果が原因を変えた・・のです。
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原因探しは、やめましょう(笑)
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昨日は、「結果が原因を変えた」と書きました。
「私は結果」という世界において、「これが原因だ」というのが存在するのでしょうか?もしも見つかったとしても、その原因すら結果のはずですから・・。
結果がずっと連鎖しているだけなのです。
浮気がばれた夫は大変です。弁解の余地が無いときもあります。
しかしその夫が原因ではありません。夫を取り巻くあらゆるものが原因なのです。
唯一無罪なのが、夫です(笑)。夫は空洞だからです・・。
今の社会は「原因」を探す事が大好きです。それは本当にバカな事です。
だってあらゆる事が原因なのに、一個に絞ろうとするからです。
私達は原因に対して、諦めるしかないのです。だってそれは、原因ではないのですから・・。そして原因だと思った事は、結果から変える事が出来るのですから・・。
もうここまでくると、あらゆるものを認めるしかないと思います。
それは自分自身のことでも同様です。こんな自分だって(笑)、認めるしかないのです。
「腹が減ったら飯を食う」
しかし・・・その先に、なんと、未来が開ける・・・のです。
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書き込み期間:2006/01/09〜2006/01/22 |
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