もりけん語録
テーマ:「孫さんと自由旅行」
書き込み期間:2000/09/27〜2000/10/02
要旨:
フナイオープンワールドを終えると、私と孫さん達は一緒に旅行に出ました。孫さんと一緒に過ごすうちに、孫さんの素顔が垣間見えてきました。
旅行と同時に、HPでみなさんから募集した質問にも回答してもらいました。
孫さんの目の前で瞑想もしました。その時孫さんが見たところ、私の天目は大きく開いていて、立体的で何層もあるとのことでした。
しかし、私は孫さんと接して瞑想をしているからといって、何か超能力がついたわけではありません。私は超能力者になるより普通人として調査をしたい気持ちがあります。
孫さんの話によると、誰でも五歳くらいの頃までは天目が開いているのだそうです。孫さんの場合は、五歳を過ぎても天目が閉じなかったのだといいます。
大人になって閉じた天目を開くには、五歳の子供に再び還ることです。

孫さんが五歳を過ぎても天目が閉じなかったのは、子供心をそのまま残しているからではないかと思います。
ダイヤモンドゲームをやると孫さんはいつも負けてばかりで、とても悔しがります。超能力者なら、超能力を使って勝つことも出来そうなものです。
しかしゲームの先読みと孫さんが未来を読むのとは、どうも違うようなのです。前者は計画性のある能動的想像力で、後者は反射的な受動的想像力です。
孫さんは超能力者だからこそ、無邪気な子供に近くゲームに弱いのです。むしろ大人が得意とする「手」を読む生き方になったら、天目は閉じるのではないかと思います。
孫さんの振る舞いを見ていると、ここまで楽しく生きている超能力者はいるのだろうかと思わされます。
そして私は超能力や人格の部分よりも、定義できない非人格の部分で孫さんに惚れています。

目次
○ 孫さんと自由旅行
○ 念写
○ 次の段階への研究仮想
○ ざるで水をすくう
○ 天目
○ 感情
○ ダイヤモンドゲームの勝敗と超能力は反比例する
○ どんなに・・・・
○ 空を飛ぶ夢
○ 孫さんの天目は怖いか?
○ 質問コーナー
○ 貸別荘にて
孫さんと自由旅行

 フナイオープンワールドが終わると、私は孫さん達と旅行に出ました。
 みなさんも経験があると思いますが、同じ釜の飯を食べると、その人のことがよく分かります。
 私は今までも孫さんとは随分同じ釜の飯を食べてきました。もう二年にも渡ります。
 で、少しずつ分かってきました。彼女のことが・・
 なぜ彼女には蘇生能力があるのか・・彼女の素顔からその一端でも見ることが出来ないか・・そういう意図もなきにしもあらずです。
 そして今回の孫さんとの旅行では、ほんの入り口ですが、見えたような気がしました。
 これから少しの間、それを紹介したいと思います。
 そうそう・・みなさんから孫さんに対する質問を募集しました。その一部に答えてもらいますので、徐々に紹介したいと思います。
 では「孫さんと自由旅行」の始まり、始まり・・・

念写

 この写真は、あの念写の対象となった松の木がある海辺です。孫さん達は、朝の散歩のついでに釣りをしています。



 さて、早速ですが質問に答えてもらいました。

<質問1>
 念写写真について・・・
 FOWの大画面での念写写真を見ていまして、その中の一枚・・(高層ビルの中に、一つ大きな太陽の光が映ってる写真がありました。)
 その写真を見ていると、太陽のような光が、だんだん大きくなっていくのを感じました。気のせいかと思っていましたが、やっぱり大きくなっているように感じました。
 念写写真の中の物が動くことなんてあるのでしょうか?それとも、自分の勘違いなんでしょうか?もし、あるとすればどういう意味なんでしょうか?
 よろしければ教えて下さい。お願いします。

<質問2>
 念写について質問です。
 沈教授と孫さんの講演の中で今後のチャレンジの一つに、動画としてビデオフィルム等に念写するとことを話してらしたと思いますが、そこで質問です。
 以前孫さんはもの凄いスピードで飛ぶ天使を天目にとらえ念写をされましたが、例えば宇宙のインフォーメーションセンターから今自分が欲しい情報を強く意識し、瞑想する中で見えてくる情報はどこかの風景や、人物であってもそれは通常動画として見えるのでしょうか?
 それともまさしく写真のように静止画のようなものなのでしょうか?
 あるいはその時の状態や、引き出したい情報によって異なっているのでしょうか?

<答え>
 まず、質問1についてです。
 写真というものは、写っているもの(実体)の情報をほとんど持っています。
 あれは二次元の単なる紙ではありません。向こう側の世界への入り口に当たります。
 ですので念写の写真が変化するのは、よくあることです。
 写真を見ただけでその実体そのものの風景が天目に現れます。その天目の映像と写真が合一してしまうと、まるで写真そのものが動いているように見えます。
 おそらくあなたは、その写真を通じて向こう側の世界(宇宙のインフォメーションセンター)にアクセスしたのではないでしょうか。
 次は質問2についてです。
 普通、天目に見える映像は動いていて、止まることはありません。向こう側の世界そのものが見えるからです。
 あのトンボ型のエネルギー体は特に激しく動いていました。
 強く意識をして、彼らとコンタクトを取らないと止まってくれません。
 また、止まったときに、一連の念写プロセス(天目からフィルムに意識を移す)を働かせないとうまく写りません。
 シャッターチャンスは短いのです。

次の段階への研究仮想

 FOWの時、沈教授はこれからの課題としてビデオに念写をするということを言いました。FOWに行った人は聞いたと思います。その部分に関して、裏話があります。
 教授の書いた原稿は「仮想」となっているのです。通訳も仮想と訳し、日本語の原稿にはそう書きました。しかし私はそんな日本語は無いといいました。
 でも教授達は、「仮想記憶という単語だってあるじゃないか・・」と言うのです。
 私は「課題」と書きました。しかし「課題は課せられた題目です。目標になります」と孫さんまでが言い出す始末・・。
 そうなのです。「仮想」なのです。仮の想い・・・なんか、好きです。

ざるで水をすくう

 下のアングルに見覚えはないでしょうか?そうです、4月に導師が来日した際に行った喫茶店です。
 海と空の境が混じり合っていたので、「ほら、境のない状態が混沌です」と教えてくれた所です。
 しかし孫さんはそんな教えを垂れる(笑)ことはありません。何を話していたかと言えば、ざるで水をすくう方法です(笑)。



 さて、山西省でざるで水をすくうというオババの情報を得ました。結局留守で会えませんでしたが、北京に戻るとその話を孫さんにしました。
 孫さんはそれがずっと頭に残っていました。
 そしてある日、瞑想をしているとき、第三の指導霊であるツンカバに聞きました。
 ツンカバもすぐに答は出ず「うぅ」と唸りました。ツンカバも大変です(笑)。
 そして何日か経ったある日、ツンカバは言いました。「分かったぞ、ざるで水をすくう方法が・・・」
 孫さんは興奮して訊きました。「さすが・・、で、お答えは?????」
 「それはな、微生物を使うのじゃ・・」
 ツンカバの説明によると、山西省のオババは微生物をテレポーテーションさせるか、もしくは微生物を短時間で増殖できるのではないかということです。
 ざるに対してそれを行うのです。するとざるは微生物によって固められ、水がすくえるようになると言うのです。
 テレポーテーションあるいは瞬間増殖という技を使う点は超能力的ですが、その後は極めて科学的なのです。

 そこで質問コーナーです。
<質問>
 孫さんのマスターであるツンカバさん達はマスターとなった今でもまだ、何か問い続けているのでしょうか?それとも・・・?
 孫さんのマスターさん達に質問 ・・・ Who Are You ?
<孫>
 そりゃあ、マスターもいろいろ大変です。
 しかし彼らは私の疑問を調べたりするだけでなく、彼ら自身でも修練をしています。それは私にも分からない修練です。
 彼らはほとんど指導しません。私とは暖かい友達のような関係です。
<もりけん>
 Who Are You ?
 きっと彼らもいまだ問い続けているのではないでしょうか・・・
 暖かい友達関係だということは、一方的な関係ではないのでょう。
 マスターも孫さんからたくさんの事を学んでいるに違いありません。

天目

 さっそく質問にいきましょう。
<質問>
 孫さんのヒーリングを2度受けましたが、あの時の身体に入ったエナジ−は今どうなっているのでしょうか?今でも身体の中に残って何か作用(?)をしているのでしょうか?
 それとも空間へ発散されていったのでしょうか???・・・・・・
<孫さん>
 私達の身体とか魂は、向こう側ではすべて波動です。
 ピーナッツなどは、向こう側のピーナッツの波動体に変化を加えると、現実のピーナッツが蘇生します。
 これは私のエナジーとピーナッツのエナジーが一緒になって、まず波動体に変化を加えたものと考えられます。
 電波で言えば、変調がかかった状態です。私がピーナッツの波動に変調を加えたのです。
 私はヒーリングの時、マーブルチョコさんに良い波動を送っています。それはあなたの中で変調され、残っています。
<もりけん>
 この変調という概念は、熱海に泊まっているときに初めて出ました。
 孫さんのエナジーは我々にどう作用しているのか、また念写写真から出るエナジーはどう作用しているかという議論の時に出たものです。
 電波は変調をかけないと情報を送ることが出来ません。その変調方法にラジオで言えば、AMとかFMがあるのです。

 さて、自由旅行の写真に移りましょう。



 この写真は熱海から東京駅に戻り、そこから中央線に乗っている時のものです。
 仲良く座っていますが、私と孫さんの目は全然違うことに注目して下さい。
 孫さんの目は、天目にスイッチオンする直前の目なのです。
 蘇生やテレポーテーションをやろうとするときは、この目が最初で、その後もっとキリッとしてきます。
 それにしても私のダラッとした目と比較して下さい(笑)。
 このあと私達は富士山の麓に移動しました。
 河口湖のエセ温泉(後で知ったのですが、本物の温泉でした)に行きました。
 その旅館でのこと・・・
 私達はリョウさんの瞑想CDを聞いていました。次に控えた「孫さん能力開発研究会」の準備のためです。
 リョウさんのCDの中には「さあ、私の天目の部分を見て下さい。不思議なことが起こります」というくだりがあります。
 それを聞いた時、孫さんはちょうど目の前にいた私の天目を見ました。
 すると孫さんの目は、みるみるあの目になり、さらにパッチリくっきりとしたニャンコの目になりました。
 孫さんがじっと見つめるので私は恥ずかしくなり、ちょうどリョウさんのCDもかかっていたので、瞑想に入りました。
 五分ほどたったのでもういいかと思い、私は目を開けました。するとまだ見つめているではないですか・・・(笑)。
 そして彼女は言いました。「森田さんの天目は、こんなに大きく開いています」と言って、10円玉ほどの大きさを指で作りました。
 「しかし・・」

 「しかし??何でしょうか?」と私(笑)。
 「しかし、森田さんの天目は立体的です。何層もあります。中の方に行くに従って狭くなります(笑)」

 その後、東京・大阪と能力開発研究会を開催しますが、大阪では孫さんがみんなのところを回る時、私の天目の部分をグリグリと刺激しました。
 私は孫さんからこれをされたのは、初めてでした。
 そして大阪終了後は、箱根に行きました。その時、過去の念写の写真を出して議論しました。
 あの、時空のトンネルと名付けられた写真を出した時です。孫さんは言いました。
 「これは森田さんの天目にとても良く似ています」・・と。
 著作権の関係から白黒ですが、元の色は赤系統です。


(私の天目に良く似ているらしい。なぜかとてもHだ(笑))

 よく言われることですが、「森田さんは超能力者と一緒にいるから、何かの能力がついたでしょう。何が出来るのですか?」・・・と。
「何も出来ません」と答えます。
 でも、私はこういうことにかけては、とても受け身的なのです。
 私は超能力者になるよりも、普通人としてそれを見ていたいという願望が強いのです。
 毎晩瞑想をするのは、情報の受信が楽しいからです。私は妄想をこの上なく愛するのです(笑)。
 ところで天目というものは、孫さんによってクローズアップされたのではないでしょうか。
 今までは「強くイメージしなさい」と言われ続けてて来ました。
 それも完了形でイメージしろと言われるので、一生懸命に完成された状態をイメージしました。
 日本での超能力と言えば、このイメージ力と手かざしによるパワー送りでした。
 しかし孫さんの「天目」は、イメージ力とパワー送りを変えたのでした。
 両方とも必要ないのです。なぜかと言えば、天目に写る画像に手を加えれば良いのです。まるでコンピュータグラフィックの作成のようです。
 孫さんに言わせると、赤ちゃんは誰でも天目が開いていると言われています。五歳の頃から閉じ始めるらしいのです。
 しかし、孫さんは閉じませんでした。
 仙道でやるところの還童功も、五歳の時の写真を置いての瞑想です。
 私達は全員、五歳の頃は天目が開いていたのです。
 そして閉じてしまった時、もう一度五歳の写真を出せば、共鳴作用を起こすのです。
「写真は多くの情報を持っています。私の念写の写真からは変調作用が起こります」と孫さんは言いました。
 もしも写真によって変調作用が起こるのなら、今日出した写真でも何か起こらないとも限りません。

感情

 私は中学の頃までは、感情のとても少ない子供でした。
 子供に還れと言われても、中学以前に還る気はしません。
 生きることが嫌でした。早く大人になって適当に人生を終わらせたいと思っていました。
 人生などというつまらないものを、なぜ過ごさなければならないのだろうと思っていました。
 高校に入ってから一転してしまいました。私の生き方よりも、宇宙全体の生き方に興味が出てきてしまったのです。
 すると私は感情を大切にするようになりました。だってそれは、感情でしかキャッチできないからです。
 嫌な事はしなくなり、感情が良しとするものしかやらなくなりました。
 そして年月が経ち、私はその場の感情に乗れるようになりました。
 何故そうなったかと言うと、私は私の生き方を振り返らなくなったからです。
 感情のおもむくままに生きることが出来るようになったからです。
 下の写真は、確かに私はダレています。孫さんの目とは、歴然に違います。でも、孫さんは言いました。
 「森田さんといると、頭の痛いのも治ってしまいます。嫌な事も全部忘れます。森田さんは寝ている時にも微笑んでいます。一緒にいるととても幸せになります」・・・と。
 (寝ているのを見られたのは、山中湖の貸別荘です)
 たぶんそれは、私が感情のままにいることが出来るからだと思います。
 今の私は、子供の頃よりも好きです。

 五歳の頃、私は託児所と保育園に行っていました。
 そこで女性の先生(ぽっちゃり熟女)のスカートをめくってしまったのです。とても怒られました(笑)。
 何故スカートをめくったのか、動機すらはっきりしません。それ以来、ぽっちゃり熟女が好きになりました。
 五歳の時、私は水瓶に落ちてしまいました。
 私の家には水道が無く、井戸の水をくんで、高さ一メートルの水瓶に入れておくのです。
 それを覗いているうちに、頭から落ちてしまいました。
 しかし、私の視点は突然部屋の上に行きました。
 私は助けを呼ぶため、隣の部屋にいた従兄弟(いとこ)にアクションをかけました。
 頭を蹴ったのです。すると従兄弟は、私を助けに走りました。
 私が肉体に戻ったのは、水から出てからです。
 おばあちゃんが105歳で亡くなったとき、おばあちゃんの遺産相続では、従兄弟に一番多くあげました。
 だって彼がいないと、あの時私は死んでいました(笑)。

ダイヤモンドゲームの勝敗と超能力は反比例する

 孫さんはダイヤモンドゲームが大好きです。でも、勝ったことがありません(笑)。
 沈教授がいつも強くて、孫さんはいつもビリです。
 孫さんは負けると、勝った人を思い切りつねります。そして「もう一回やるわよ」と言います。
 このHPで、なぜ孫さんは弱いのかという話題を出したことがありました。
 その時は「未来さえ読める孫さんが弱いわけはない」「人の心を読める孫さんが弱いわけはない」「だとすると、純粋に三次元のゲームとして楽しんでいるんだ」という意見が出たりしました。
 しかし・・あれだけ悔しがり、あれだけ勝ちたいと思うならば、そしてもしも超能力を使って勝てるならば、使わないわけはないと思います(笑)。
 何故ダイヤモンドゲームに弱いのか・・という命題を考えることによって、超能力とは何かを考えようとするのがこの書き込みです。

 さて、私達の天目は五歳の頃まではみんな開いていると言いました。孫さんはそれが何故か閉じなかっただけだと言いました。  それは、子供心をそのまま残しているとも言えそうです。
 子供と大人がダイヤモンドゲームをしたら、どちらが勝つでしょうか?
 やはり大人ではないでしょうか・・。大人は、一歩も、二歩も、先を読みます。
 子供は、出たとこ勝負・・すなわち、その時駒が幾つ前にでれるか・・しか考えません。
 大人は相手を邪魔することを考え、さらに後の展開が有利になるなら、その時一歩しか進めなくても、それを選びます。
 子供は直感が鋭いですが、したたかな「読み」とは別なのではないでしょうか?
 教授が常に勝ち、孫さんは常に負ける・・これこそ、それを証明しているようなものです。
 私達大人は未来を「読み」ます。能動的想像力を働かせて「読み」ます。したたかに「読む」のです。そこには計画性があります。
 孫さんも未来を「読み」ます。しかし受動的想像力を働かせて「読み」ます。反射的に「読む」のです。そこには計画性がありません。
 孫さんは超能力者ゆえんに、ダイヤモンドゲームには弱いのです。

 よく「本物の超能力者には人格が伴っていなければならない」と言う人がいます。そして自分の推す超能力者がいかに人格があるかを、自慢気に話すときかあります。
 私は全く逆なのです。超能力者と人格は反比例するのです。でなくては、超能力者ではありません。
 超能力者は無邪気な子供に近いのです。社会的視点から見た人格など、彼らにあったらおかしいのです。だから天目が閉じなかったのです。
 私達のように天目が閉じてしまったら、還童功をするしかありません。
 孫さんはなろうとする世界が好きではありません。課題は目標になると否定します。
 あるがままで良いと言います。自然に任せなさいと言います。
 ダイヤモンドゲームに強くなったら、超能力者にはなれません。「手」だけを読んで生きるようになったら、天目は閉じてしまいます。
 能動的創造力と受動的創造力を兼ね備えるのが、これからの生き方かも知れません。

どんなに・・・・



 超能力者でここまで楽しく生きる人は、いるんだろうかと思います。
 どんなに能力があっても・・・どんなに人格が高くても・・・どんなに立派な意見を言っても・・・

 もう一枚・・
 ボケが治る椅子というのが二つあったので、そこで瞑想することにしました。
 しかし後で写真を見ると、孫さんは全然瞑想なんて、していないじゃないですか(笑)。



 上の写真では、私がハワイのブッダで、孫さんがあの時の私ではないでしょうか?
 こんな所で瞑想なんて、するんじゃないと・・。
 この一連の写真をみると、成長とは何かをとても考えさせられます。

 もう一枚・・  貸別荘に着き、食事の支度を始めました。通訳がしゃがみ込んで何かをしています。
 孫さんは、既に出来上がった枝豆を、つまみ食いしています(笑)。



 孫さんの一連の写真を見ていると、山西省の不思議人を思い出します。
 金魚を出してどうするんだ?白髪が立って、意味あるのか?定義できないのですが、私は惹かれるのです。
 生命も、似たようなものかも知れません。

空を飛ぶ夢

 質問に答えてもらいました
<質問>
 孫さんは、就寝中、どういう夢をみますか?また孫さんにとって夢とは何ですか?
<孫さん>
 私の夢は、ほとんど空を飛んでいる夢が多いです。
 フナイオーブンワールドで森田さんの体験を元にしたCGビデオが流れましたが、あれとそっくりです。私もあんな感じで空を飛びます。
 そして私にとっての夢とは、現実です。夢は夢ではないのです。喜びの状態が多いです。
<もりけん>
 質問に対する孫さんの答えもすごいですね。
 これだけを見ると、「自分も修行して、夢が現実だと言えるくらいになろう」と思う人は多いのではないでしょうか。
 上の文章では「なろう」が問題なのでしょう。
 私は孫さんに惚れています。超能力者以上に、彼女の定義できない部分に惚れています。
 人が人を知るというのはこういう状態がよろしいと、自分でも思います(笑)。
 私は不思議研究所の所長で超能力の研究をやっているのですが、その一面から孫さんを見ると、「なろう」の部分から見てしまうのではないでしょうか?
 その「なろう」は、人格の部分かも知れません。
 でも人が人に惚れるのは、非人格の部分のような気がしてなりません。

孫さんの天目は怖いか?

 孫さんは、時々天目で私を見ます。それは分かっています。
 私の天目をじっと見つめられた時は、あまりに長く見つめるので、「私に気があるのじゃないか」と思い、恥ずかしくなったのです(笑)。
 でも、それ以外でも孫さんの天目で私を見るときがあります。
 私の最近の過去・・私の考え・・
 私は自慢できるような私ではないですが、天目で見られたって、何でもありません。
 私と孫さんは、完璧に対等です。誰だってそうです。
 しかし私には天目の映像がありません。それだけ不利でしょうか?
 でも、私も孫さんも、唯一無二の人生を生きているとすれば・・・

質問コーナー

<質問1>
 財運ストッパーについて
 不思議ブースで見て、その迫力に痺れました!
 それで置き場所なのですが、基本は壁に飾ることでしょうか。
 床や畳の上とか低い位置に立て掛けて置いてもいいのでしょうか?

<質問2>
 財運ストッパー届きました。ワ〜イ!
 ついつい気が大きくなって食事に買い物・・・。
 ところで窓の横に置こうと思いますが、斜めを向いていても効果は変わらないのでしょうか。
<答え>
 位置は関係ありませんが、斜めに向くのは良くありません。
 写真との共鳴関係を起こすためにも、できるだけ正面を向けて下さい。

<質問3>
 例えば財運ストッパーは、高い所の念写と聞きましたが、高い所は同時に、より精密な波動の所なんですよね。この世界に降ろして荒く強い波動を、跳ね返すことが、出来るのはどうしてなのですか?
<答え>
 精密な波動は荒い波動を包含しています。
 蘇生の際に私が働きかけるのは、精密な波動の側です。それが変化をすると荒い波動の側が変化をするのです。
 宇宙のインフォメーションセーターは、とても範囲が広いです。そこにアクセスできるかどうかがポイントです。

<質問4>
 私は畳職人です。仕事をしていて気になることがあります。畳にはそれはたくさんの「い草」が使われていますが、かつて命あった「い草」たちは、果たして畳になった事を喜んでいるのでしょうか(変な質問でごめんなさい)。それと、孫さんは畳に何かエナジーがあるとお感じになりますか?
<答え>
 い草は畳になれることをとても喜んでいます。
 畳の上で寝ていると凄いエネルギーを感じます。
 私は彼らを青いい草に戻すことができますが、彼らはそれを望んでいません。

<質問5>
 食欲の秋なのです。しかし、私はダイエットしなくちゃならないのです。
 そこで孫さんに質問です。何か楽なダイエット方法ってご存知ありませんか?
<答え>
 自発功を一週間やれば、3Kg痩せます。

貸別荘にて

●瞑想時におけるエナジー回転の誤解
 この貸別荘において孫さんの瞑想法を詳しく聞き出し、孫さん自体が間違って表現していたことが分かりました。それはエナジーの回転方向のことです。
 孫さんは以前、「エナジーを回転する方向は、自分の中に時計があり、それが時計方向に回転するとき、それを時計方向の回転と言います」と言っていました。
 しかし、これが逆だったのです。正解は次の通りです。
 「自分の前に時計を置き、それが回転する方向が時計回りです」ということです。

●その後の修練で・・(私の場合)
 CGビデオには孫さんの太陽がドドンと入っています。それに天目に共振する周波数というのが入っています。
 ミニミニツアー時空の旅にも天目周波数を入れたのですが、CGビデオの比ではありません。CGビデオからは大きく聞こえます。
 この周波数は実際に孫さんを測定したもので、ヘミシンクのアイディアを使い、左右別々の音を出し、うなりを生じさせています。
 CGビデオを持っている方は、最初の部分のみ(Who are youのドアに行くまで)を見てから瞑想すると、天目への刺激度が全然違います。

●孫さんとの旅行を終えて
 孫さんという人は、宇宙全体が友達なのです。
 それも私たちが思っている宇宙よりもずっとずっと大きな宇宙・・。
 今回、「自分にとって夢は夢でなく現実です」という答をしていました。
 私達は「この世は夢か幻だ」という台詞に納得したりします。
 孫さんの答は、その逆です。あらゆるものに実体感を持っているからこそ、友達になれるのだと思います。

 これで孫さん自由旅行記を終わります。ありがとうございました。

書き込み期間:2000/09/27〜2000/10/02